自分の根っこを認める

僕は年に数回事あるごとに知人にコーチングしてもらってます。
知人はプロではありませんが、然るべき人にコーチングを学んでおりたまにアルコールを与えることで無料でコーチングしてもらってます。

今日話すのは確か二年ほど前でしたか・・・
テーマは「やりたいこと、やらなければならないことが沢山あるのにやれない。やらない。心で思っていても行動できない。気持ちと裏腹に無気力な自分」でした。
僕も行動できずに当時悩んでいました。

コーチングはご存じの通り絶対に答えを誘導するようなことやアドバイスはしません。

ただ、相談者自身の中に答えはあると相談者自身の答えを見つけるために一緒に寄り添いながら答えを導く手伝いをしてくれるだけです。

一時間くらい「そうなんですね。でも、なぜそう思ったんですか?」みたいなこと訊かれてました。

最初は「何でも小器用に出来てしまうんで舐めてるんだと思います」とか、「何でもできて当たり前と思っている自分が現実とのギャップを認めたくない」とか、「やりゃぁいいってことは分かってるけどできないんです!」とか・・

「う~ん、なぜ出来ないと思いますか?」
「わからないですが、よくいるじゃないですか。勉強しなきゃいけないって時に急に机の周り掃除しだす奴」
「先延ばししたいんですよ」
「なぜ先延ばししたいんですか?」
「わからないですね。たぶん、出来ない自分を認めたくないんです」
「やっぱ俺っていいカッコしぃなんですよね」
「なぜいいカッコしたいんでしょうね?」

そんな問答を小一時間繰り返したわけです。
そして最後に自分の口から出たのは「自分の根っこを否定している」と言うことでした。

私は歳の割には好奇心旺盛でなんでもやってみたいオッサンなんです。
ネットビジネス然り、ギター然り、夢や希望ってのもまだまだ沢山あって「枯れ」てないんです。

おねいちゃんともまだまだww
色気も一杯胸いっぱいですよ。

傍から見ると活力あるオッサン!って感じでしょうか。
ウジウジしてるのが嫌いで、決断遅いのが嫌いで、のろまが大嫌いで、枯れてる奴見ると反吐が出るくらい嫌ですね。

気風が良くって粋で野暮じゃない。
そんなオッサン気取ってます!

でも、ほんと言うと根っこの部分の自分は真逆なんです。
だから僕は常に変わりたい、変わらなければならないと思ってきました。

新しいモノにすぐ飛び付くのもそんな現れだろうと思います。

だから、そんな根っこの部分の自分を認めたくなくて真逆をやる様になったのかもしれません。

僕の根本的課題は「根っこの自分を認めること」でした。

「根っこの自分」とはもっとも原始的な自分「ホメオスタシス」です。
自分の生命を維持しようとする機能です。
生きる上で大切な機能ですが、何事も良し悪しはある。

ホメオスタシスは変化を嫌います。
それは生命を守る為ですが、新しいことを始める時にはちょっと厄介です。

表向きな僕と真逆なそれらを自分自身嫌いましたし、そんな自分を変えるべき、変わるべきと思い続けてこの歳に至りました。

会社の仕事の様な強制力が働くものはやり遂げてきましたが、それ以外のことについてはどれも中途半端。

そんな自分が嫌で嫌で・・・。
そんな自分じゃない自分になりたくて無理やり押し込めてきた部分があったと思います。

それに対して根っこの部分の自分がもがいていたのかもしれません。

まずは根っこの自分を認めること。
そんな自分も自分なんだと。

エネルギーが強い人は、たぶん根っこの自分を封印出来るのかも
しれませんが、そうではない僕は根っこの自分が「こんな俺だけど認めてくれよ!」と反抗していたのかもしれません。

そんな俺も俺なんだよな!
今までごめんな!
こんな俺だけどよろしく頼むよ。
これからは認めるところは認めるよ・・もう否定はしない。
ずっと命守っててくれたんだものな。
でもな、俺やりたいことがあるんだよ。

お前の使命もわかるけど、気持ちよくやらせてくんないかなぁ。
もう無理に変えよう、変わろうとは思わない。カッコ悪い自分も認めるよ。

昨日までは敵だったけど今は違う。
今日からは一心同体だ。
これも俺なら、それも俺だ!

もう否定はしない。
お互いさまでやっていこうじゃないか。
僕はこうして自分自身と和解しました。

貴方は自分自身で認めたくないことがありますか?根っこの自分とどう付き合ってますか?

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